【354日目 6/10】月山富田城で山中鹿介に感動し安来節を踊ってみた
みなさん、だんだんねー。Youtuberの中では瀬戸弘司さんが好きなんだけど、この間バーバーしずえを観て、
しずえの声を初めて聞きました。
天然そうな素晴らしい声だと思いました。
さて、今回は月山富田城で山中鹿介に感動し安来節を踊ってみたの巻です。
本日は道の駅広瀬・富田城からの出発となります。
朝5時くらいに起きたんだけど、どこからか祝詞のような歌のような声が聞こえてきました。
裏に尼子神社があったみたいだからそこからかな?
普段聞く機会ないので、ちょっと得した気分。
朝ごはんは昨晩購入しておいた半額弁当ですませて、8:30出発。
少し坂を登ったところにある駐車場に自転車を止めて、あとは歩き。
正面からしかなかったようです。
山中御殿跡から本丸方面を見上げた図。
本丸へ続く唯一の道、見事な九十九折ですねー。
これなら攻めてくる敵を蹴落とすのも容易そう。
大して標高ありませんが(標高197m)、安来の集落が結構見渡すこtができます。
この日も風が強くて、旗がばたばたとはためいて雰囲気ありました。
戦国時代に富田城を治めていた尼子氏の守り神だったそうです。
尼子家再興のために「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈った逸話で有名。
実はここに来るまでこの人のこと知りませんでした。
「我に七難八苦を~」というセリフは聞いたことあるけど、誰が言ったのかも知らなかった。
この人は戦国武将の鑑、まさに悲運の英雄ですね。
詳しくはWikipediaなりGoogleなりで調べて貰いたいんですが、まず武力値高すぎ。
やたら一騎打ちしては敵将を討ち取ってる。
そのうえ知力も高い。
尼子家再興運動は三回に渡って続くんだけど、潰されるたびに諸国廻ったり、織田信長に
仕えたりしてしぶとく復活してくる。
馬鹿じゃできないよね。
最後は毛利に負けて殺されてしまうんだけど、その最期もカッコいい。
こんな凄い武将を知らずに今まで生きてきたなんて、悔しい。
満足したので道の駅に戻ったら、道の駅の中が藍染工房みたいになっていてびっくりした。
そして隣の安来市立歴史資料館に200円で入ったら、見るものなにもなくて5分で
出てきてしまった。
次は3kmくらい走って安来節演芸館に向かいます。
クドカン主演の映画もあるみたいなので、そっちは観てみたい。
中に入ったらお土産物のレジに「きゅっきゅ」ちゃんがいたので一緒に写真撮ってもらった。
きゅっきゅちゃんは安来節演芸館の生きたゆるキャラ。
ホームページにも出てたのでいるのは知ってたけど、レジ打ちしてるとは思わなかった。
写真見て自分の黒さもびっくりしました。
ちなみに俺が持ってるのはうなぎのオモチャです。
貸し切りやん。
係の人も驚いてました。
「今日は安来節の家元が来てるのでラッキーですよー」と言って貰ったんだけど、
そんなトップの人が出てきて観客俺一人なんて、気まずすぎる。
希望すればどじょうすくい踊りの体験をすることができるんだけど、俺一人しか
いないので半強制的に体験することに。
係の人に半纏や豆絞り、びくなどを着せてもらいながら、自転車日本一周中であること
なんかを話したりしているうちに、お客さんが2名入ってくれたので貸し切り脱出できて
ちょっとホットしました。
プロフィール見たら昭和20年生まれだそうで、そうすると御年72~3歳?
見えないわー。
ちなみに安来節は「やすき」ではなく「やすぎ」と濁るのが正しい。
農作業の合間に田んぼのどじょうを掬って、夜そのどじょうを肴に酒を飲むときに
踊っていたという起源のほかに、掬っているのはどじょうではなく土壌(土壌=砂鉄)と
いう説もあるそうです。
出雲はたたら場があるから、なるほど。
ちゃんと膝を曲げていたつもりだけど、こうしてみると腰が高い。
写真は係の人が撮ってくれました。
阿波踊りに続いて、良い記念になりました。
まるごと安来丼大盛りを注文。
野菜たっぷりのあんかけ丼、上に刺さっているのはどじょうの天ぷら。
そして量が半端じゃない。
一人前くらい食べたと思うけど、まだ半分以上残ってる。
もちろん完食してお腹いっぱいになりました。
まだ全然走ってないんだけど、今日はここで店じまいすることにしました。
夜雨が降る予報だったことと、風邪気味なのか鼻水が止まらない状態だったので、
確実に屋根の下でテント張りたいなーと思ったからです。
休憩所でダラダラとテレビ見ながらブログ更新して、ラーメン作って晩ごはん。
Amazonプライムでダウンロードしておいた動画みたりして、22時ごろにおやすみなさい。